アメカジという文化を、少し遠くから見てみる
この「アメカジ」と呼ばれるファッションも、単なる流行として片付けてしまうには、少し面白い文化だ。服の話のようでいて、その背景には時代の空気や価値観、そして人々の生活の感覚が色濃く表れている。
流行とは、突然生まれるものではない。社会の空気、経済の状況、人の心理、そうした様々な要素が重なりながら形になっていく。だからこそ、目の前のブームをただ追うのではなく、少し離れた場所からカルチャー全体を眺めてみると、物の価値や流行の入口が見えてくる。これはファッションに限った話ではない。自転車の世界もまた、まったく同じ構造の中にある。
さて、日本では「またアメカジが流行るのではないか」と言われている。けれど、仕事柄北米へ行く機会の多い自分からすると、日本で言うような“アメカジの人間”は、ほとんど見かけない。ニューヨークならいるのだろうか、といつも少し不思議に思う。もちろん、ロサンゼルスのメルローズ・アベニュー周辺の古着屋や、ローズボウルのスワップミートに行けば、それらしい服はいくらでも並んでいる。ただ、ああいう場所に行くと、むしろ日本人の多さに少し驚く。
日本のアメカジは、とにかくウンチクが多い。自転車界と大して変わらない。
● リーバイス501、赤耳、BIG-E、XX。
● 米国ワークウェアの年代。
● レッドウィングのブーツ。
そして今は、そこに古着文化が大きく入り込んでいる。
正直に言えば、少し面倒くさい世界だ。作業着の上に作業着を重ねるようなスタイル。あれは美意識の違いなのだろうが、年寄りの自分たちからすると少し不思議に見える。はっきり言えば、日本のアメカジはどこか汚らしく見えることがある。もともと作業着なのだから当然と言えば当然だが、それを神格化する感覚には、どうしても違和感が残る。
自分たちが若かった頃、日本に入ってきたアメリカの服は、もう少しリアルだった。1970年代中盤。まだ「アメカジ」という言葉すらない時代だ。



御徒町なら:ルーフやミウラ。ジーンズなら守屋。
渋谷なら:サカエヤ。
下北沢には:アメリカ屋。
そういう店で、普通にアメリカ製の服が売られていた。当時のスタイルは、どちらかと言えばサーファーのファッションに近かった。
● スニーカーはコンバースかプロケッズ。
この時代、ナイキはまだそれほどメジャーではない。
● ブーツはレッドウィングやラッセルモカシン。
クラークスのワラビーも人気だった。
● ジーンズならリーバイスの646や517。
あるいはリーのライダースやブッシュパンツ。
● アウターはフィルソン、キャンプ7、フォックスナップ。
● シャツはギットマンやブルックスブラザーズ。
そこにオーシャンパシフィックのようなサーフブランドが混ざる。
全体としては、かなり大雑把だった。けれど、その空気を作っていたのは、やはり雑誌『ポパイ』だったと思う。



当時はインターネットもない。情報も少ない。だからこそ、人は自分の感覚で服を選んだ。
例えるなら料理のようなものだ。レシピではなく、その日の食材で味を作る。だから同じジーンズでも、人によってまったく違う雰囲気になった。この自由なスタイルは、実はサーファー文化から広がったものだ。海に通う人間たちは、ブランドよりも実用性で服を選ぶ。動きやすいか、丈夫か、気持ちいいか。その結果、アメリカのアウトドアウェアが自然に混ざった。
つまり最初のアメカジは、「ファッション」ではなく「生活の服」だった。それが1980年代後半になると、少し様子が変わる。渋谷を中心に「渋カジ」と呼ばれるスタイルが広がった。
● ラルフローレン。
● ブルックスブラザーズ。
● リーバイス。
アメリカ東海岸のプレッピースタイルと、西海岸のカジュアル。その二つが混ざり、日本独自のスタイルが出来上がった。
これはある意味、日本人らしい編集能力だったのかもしれない。そして1990年代から2000年代にかけて、日本は世界最大の古着市場になる。日本のバイヤーたちはアメリカ中を回り、膨大なヴィンテージを日本へ持ち帰った。その過程で、年代、タグ、ディテールなどが細かく研究されていく。例えばリーバイスの赤耳、BIG-E、XX。本来はただの製造年代の違いだ。しかし日本では、それが文化的価値になった。言い換えれば、日本はアメリカの服を研究対象にしたのだ。
ここで、日本のアメカジは少し変わる。服を着る文化から、服を知る文化へ。料理で例えれば、食べる文化からレシピ研究の文化へ変わったようなものだ。
一方で、ミラノの大人たちは少し違う。例えばラルフローレンのシャツにリーバイスのジーンズ。足元はトッズ。そこにM-65フィールドジャケット。ブランドの背景はバラバラだが、全体の空気は整っている。つまり彼らは、服の歴史ではなく「生活に合うかどうか」で服を選んでいる。それでも今、またアメカジが流行りそうだと言われている。理由はいくつかある。



古着価格の高騰。
SNSによる知識共有。
そして景気停滞による安心感。
景気が停滞すると、人は新しいものより「昔からあるもの」に安心を感じる。アメカジは、そういう時代に必ず戻ってくる。ただ、本来の魅力はそこではない。知識でも年代でもない。ただ自由に着ること。服は本来、生活の道具だ。そして道具は、使われてこそ美しい。日本のアメカジ文化を大まかに整理すると、こうなる。
1970年代
サーファー文化から自然に広がる
1980年代
渋谷を中心に渋カジ文化が広がる
1990年代以降
古着文化によってヴィンテージ研究が進む
現在
知識文化と古着市場として拡大
そして、日本のアメカジにはもう一つ大きな要素がある。
日本人が作った“アメカジブランド”の存在だ。
例えば、
ザ・リアルマッコイズ
ステュディオ・ダルチザン
エヴィス
東洋エンタープライズ
ここまで話を広げると、「日本がアメリカ文化を再構築した」という、かなり深い文化論になってしまうので、この辺りでやめておこう。ただ一つ言えることがある。アメカジというファッションは、単なる流行ではない。そこには文化がある。そして文化というものは、いつも生活の中から生まれる。だからこそ、流行をただ追うのではなく、少し遠くから眺めてみる。そうすると、物の価値や流行の入口が見えてくる。それはファッションだけの話ではない。自転車の世界もきっと同じだ。


